【JICA】野球・ソフトボールを通じた「規律」を基礎とした人材育成とか言うけど、実質「文化的植民地主義」やなかろうか?

こんなニュースがあったのう。

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ナイジェリアで野球を通じて規律を基礎とした人材育成するらしいちゃ

このニュース、「移民受け入れではないか?」みたいな感じで、いろいろ騒がれているがやけどよぉ、木更津市のHPにはこんなこと書いてあったがやね。

移民云々については他の方がいろいろ書いているやろうから、オラはそこやなくて「野球・ソフトボールを通じて『規律』を基礎とした人材育成」とかゆっとるとこに触れるちゃね。

「野球で規律を学ばせる」って植民地支配の再来やにか

スポーツの意味を理解してないのう

この木更津市の「野球・ソフトボールを通じて『規律』を基礎とした人材育成」というのが、ツッコミどころが満載やちゃ。

まず「野球」にせよ「ソフトボール」にせよ、教育の道具やなくて「スポーツ」でしかないちゃね。

スポーツの語源についてやけど、元々はラテン語で「荷を担う」とか「仕事する」とかの意味で「portare」という言葉があるがやけどよぉ、これに「de」という否定を意味する言葉を入れてよぉ、「場所を離れる」「サボる」という意味で「deportare」という言葉があったがよ。そこから発展して古代フランス語に「desport」に変化して、これが「気晴らしする」「遊ぶ」の意味になって、最終的には「sport」という言葉になったがいちゃ。

この語源から考察したら、明らかに「教育と真逆」というのが分かるんやないかのう?

「規律」やら「人材育成」やら言っとんがやけど、そもそも野球もスポーツの一つながやから、仕事とか勉学とかのそれぞれの居場所から離れてやるもんやし、気晴らしでやるもんながやね。本来スポーツ自体が遊びやしのう。

フィリピンの植民地統治に教育として利用されてたじゃ

そんで今回の「野球・ソフトボールを通じて『規律』を基礎とした人材育成」に関して、ほぼ酷似している出来事が120年以上前にあったがやね。それが「アメリカ統治時代のフィリピンにおける野球」がそうやちゃ。

1. Gerald R. Gems 著 『Sport and the American Occupation of the Philippines: Bats, Balls, and Bayonets』(2016年)

  • アメリカによるフィリピン統治下でスポーツ(特に野球)がどのように導入され、社会や文化に影響を与えたかを、ソフトパワーや価値観の輸出という観点から詳細に分析した学術書です Bloomsbury Publishingscholarlypublishingcollective.org
  • Google Books では一部閲覧可能、また ResearchGate 上で論文のプレゼンテーション「Race, Sport, and the American Occupation of the Philippines」がPDFで公開されています Asia Research Institute, NUS+7ResearchGate+7Taylor & Francis Online+7
  • Ateneo 大学のアーカイブでも全文がPDFで提供されており、ダウンロードまたは閲覧が可能です archium.ateneo.edu

2. Regino R. Ylanan(著)『The History and Development of Physical Education and Sports in the Philippines』(1965年初版・1974年改訂版)

1898年の米西戦争によって、フィリピンが米領になったときによぉ、アメリカが支配を正当化するために、アメリカ式の教育や文化を取り入れて「近代化」を進めていたがよ。その中で軍人や米国人教師によって、野球が持ち込まれて、学校教育に組み込まれたがいちゃ。

野球とバスケットボールは特に「規律・秩序・フェアプレー」と言った近代的な模範を象徴するものとして取り入れられたがやね。当時のアメリカは、フィリピンを「アメリカ価値観に則って改造」していた狙いを持っていたし、そのためには野球は大きな役割を担っていたわけやちゃ。

ただ、その傍らでフィリピン伝統のスポーツである「セパタクロー」「闘鶏」「アルニス(棒術の武術)」などはよぉ、アメリカは「非文明的」排除されてしまったがいちゃ。

セパタクロー

闘鶏

アルニス

日本がアフリカで同じことするがやね

ということで、木更津市の発表にあった「野球・ソフトボールを通じた『規律』を基礎とした人材育成」というのちゃ、ほとんどフィリピンを統治していたアメリカのやっとることと変わらんと言えるやろう。

同じようにアフリカで野球を普及させようとしていた取り組みが、以前「松岡修造のみんながん晴れ」で取り上げられていたがやけど、その動画がYoutubeにあったがよ。

全く同じやにか…。

盛り上がるとダンスや歌をするのは、アフリカの方々のアイデンティティと言えるところやけど、それを「規律や尊重がない」ものとしてダメにしてしまっとんがやねぇ…。それも「日本的なものを押し付ける」形になっとって、これはフィリピンに対してアメリカがやったことと重なってしまうちゃ。

野球もスポーツの一種やし、スポーツは「余暇を楽しむもの」ながやから、最低限のルールだけを教えておいて、あとは現地の方々が好きなように楽しめるようにすりゃいいところやけど、野球を「教育の道具」としている指導者達はそれでは許さんみたいながやね。

「規律・尊重・正義」とかテロップに出ているがやけど、グラウンドで踊りだすのを禁止にするこの野球指導者こそ、アフリカの文化を尊重してないから、本当にダブルスタンダードもいいとこやちゃ。

ちなみにサッカー、バスケ、バレーボールなどのスポーツでは選手達は踊っとるところはよくあるし、野球と似ているバットとボールを使うスポーツであるクリケットでもYoutubeには踊っている動画があるがやね。

…で、野球だけは「ダンス禁止」とか「礼儀正しく」とか押し付けておいて、アフリカの方々は野球を楽しめるがやろうか…?

ナチュラルに差別意識丸出しやちゃ

こういう取り組みを見ていたら、植民地主義丸出しやし、アフリカで野球を普及しようとしている方々ちゃ、帝国主義から抜け出せないでいるのかなーと感じてしまうちゃ。

それにまず「アフリカ人に規律を叩き込む」という発想自体が、もはや差別丸出しやろう。

オラとしては自治体の資料から「規律を基礎とした人材育成」とか書いちゃっている時点で、「日本人が上でアフリカ人が下」と言っとるような感じで、どう見ても差別やと思うがやけど、こんな意識で良いがやろうか…。

そんな「野球を通じた植民地主義」みたいな差別主義丸出しの取り組みによぉ、公金を使われているのが非常によろしくないとオラは思うちゃ。それも30年ほどアフリカでの野球指導の取り組みをやっとるようやけど、日本で活躍するような選手は輩出されとらんし、アフリカで定着していないようながで、結局は「野球関係者が税金を吸い上げている」だけの状態ではないかとオラは思うのう。

オラとしては「ただボールを投げて、ただボールを打って、ただベースを回ればいい」でOKやと思うがやけどね。そういうのをちょこっと教えてあげて、あとは現地の人で任せればいいかと思うもんやちゃ。

そもそもスポーツは教育やなくて、余暇を楽しむものやしのう。

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この記事を書いた人

とれぱん先生のアバター とれぱん先生 ブログ管理人

富山県の入善町に在住やちゃ。
2019年までプレーしていたハンガリー代表GKガボール・キラーイを応援しとったがいちゃ。今は地元のJリーグチーム、カターレ富山を中心に、いろんなスポーツを見とんがよ。バレーボール(KUROBEアクアフェアリーズ)、ハンドボール(アランマーレ富山)なども応援しとって、最近はクリケットもチェックしとるちゃ。料理、ギター、イラスト、温泉・サウナめぐりなども好きやちゃ。やわやわと頼んますちゃー

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