とれぱんふっとぼーる

とれぱん先生がお送りする、ワールドフットボールブログやちゃ

反社まがいなことをするトランス差別反対の活動家についてやちゃ

2021/05/24

自民党の山谷えり子議員の発言が波紋を読んでいるようやちゃね。

男性器がついとるトランス女性がよぉ、女性のパーソナルスペースへ入っていくことについて、懐疑的な意見を言った山谷えり子議員の発言がよぉ、どうやら「差別」という扱いにされとって、なんやらメディアとかで問題視されとんがやね。

このあたりの意見については、オラの見解としては、以前ブログで書いたとおりやちゃね。「心が女やから」とか言っても、女性が感じる「恐怖」「不安」「心配」の声を無視するわけにはいかない…というのがオラの意見やちゃ。

あなた一人で他が男性器つきでも耐えられるがけ?

こういうことで山谷議員に対して噛み付いている人には、オラが問いたいことが一つあるちゃね。

望月衣塑子記者にしても、社民党の議員さんたちにしても、笛美さんなどのフェミニストの方々にしてもよぉ、なんやら「トランス差別反対」とか声を上げている人とか見とって思うことやけど、この人達は主体性持って発言していないように感じられるちゃね。

トランス女性による女子スポーツの参加にしても、男性器がついているトランス女性によるパーソナルスペースにしても言えることやけど、オラからしたら「自分がスポーツやらないから言える」とか「自分が温浴施設へ行かないから言える」とか思ってしまうもんやちゃね。

自分がそういう立場に立ったときに、果たして同じことが言えるもんやろうか?

そう考えたらよぉ、社民党なんて支持率が0%になっとるもんやから、犯罪者予備軍までも支持層に入れていかないと行けないほど、追い込まれてきとるのかと勘ぐってしまいますちゃ。

差別主義者扱いで口を封じてくるがよ

https://twitter.com/himeyuzk/status/1395428814197465090?s=20

新月さんのアンケートとかでもそうやったがいど、男性器のついたトランス女性がよぉ、女性のパーソナルスペースを使用していくことに、恐怖とか不安とか心配の声を上げていくこと自体をよぉ、差別扱いにされるようになってきとるちゃね。

いやあ、こういう心配な声とかも受け止めながら、きちんとした落とし所を見つけていくことこそ、民主主義としてのやり方であるもんかと思うがいど、どうやら民主主義を理解できていない人達が湧いてくるようやちゃね。

他人を「差別主義者」と決めつけること自体ちゃ、かなり重いことやし、それ自体は本当に慎重にしていかんなんもんやけど、その言葉の重さを利用して、威圧的に使ってくるもんちゃ、Twitterやと散見するもんやちゃね。

そういう人達を見るたびにオラが思うことやけど、強い言葉で相手の口を塞ぎ込みにいくくらい、大した意見を持っていないがやろうと感じさせられるちゃ。

さっきもオラが書いた通りやけど、いかに「落とし所を見つける」という感じで、建設的に考えていく方向性でやらんなんもんやけど、そういう能力がない人達は、少しでも自分と違う意見やったり、対話的な手段を取ろうとするもんにしても、敵としてみなしていくもんかと感じられるちゃね。

マイノリティのためなら被害者出てもいいらしいちゃ

以前、どこやらの活動家がよぉ、「マイノリティがマジョリティに対する暴言は差別にあたらない」なんて言ったもんがおったがいちゃね。

ダラやないけ?

そんなダラな話があったら「じゃあアパルトヘイトはどうながよ」ということで終わってしまうもんやし、少数から多数への差別というのも存在するのは、歴史をたどれば明らかながいちゃね。

身体的には男性やけど「心は女やから」という理由でよぉ、トランス女性が女子スポーツに参加していくという流れがあるもんやけど、これはオラも「そんなダラなこと許されんまい」と思っとんがやね。

ボクシングや柔道が階級で別れているように、男性と女性というのも一種の階級みたいなもんやちゃね。男性と女性では筋肉の付き方もだいぶ違ってくるもんやし、競争原理をぶち壊してしまうがで、当事者の視点で考えたらよぉ、ただ事でもないのは容易に想像はできるやろう。

フットボールやラグビーといった、コンタクトスポーツになったらよぉ、男同士でも脳震盪になったりと、えらい激しいプレーがあったりするもんやけど、これが生物上の性別でわけんかったら、こりゃ首の骨を折るとか、後遺症が残るほどのもんになったりとか、最悪命を落とすとかもありそうで、オラはさすがにないと思うちゃね。

いくらスポーツに怪我はつきものといっても、明らかにやばいと想像できるもんは分けていくのは当然やろう。格闘技なんて特に階級で分けられているもんやしのう。

ただ、こういうのを推進していこうという人達ちゃ、自分達に降り掛かってくるわけがないからか「そんなもんは起きてから考えればいい」みたいなことを平気に言ったりするもんながやね。

マイノリティのためなら、マジョリティはいくら傷つけてもいい…それがこういった活動家の考えながやね。やっていることは反社勢力と変わらんやろう。

いかに女性の命を軽んじているのか、よく分かるちゃ。

パフォーマンスに走る活動家は反社とみなしていい

マイノリティに対しては、どう向き合うのかは社会としての課題には違いないしよぉ、当然差別はしてはいけないのは当然のことやろう。

ただ、本当に大切なことちゃ、そういった当事者の方々に寄り添うことやし、改善してほしい問題に向き合っていくことが大切やちゃね。日常生活でも何も不便のないように生きていかれるようなインフラの整備などは、特に課題になってくるやろう。

そのためには、インフラが整っていない現状では、徐々に地道に積み上げていくしか方法はないわけやけど、活動家みたいな「実績のほしい」人達にとっちゃ、

https://twitter.com/bokkan_sha/status/1220661164847190017?s=20

それに「社会問題が解消されるたびに活動家が不必要になる」という観点も見逃せないところやちゃね。

LGBTへの理解が広まってよぉ、そのためのインフラもきっちり整備されてきたらよぉ、LGBTの方々の生活環境は良くなってくるし、不満も徐々に解消していくやろう。

ただそれに反比例して、活動家のやることもなくなってくるのは事実やから、活動家にとっちゃ「本質的な問題を解決しないで、自分達が貢献している感を出す」というところに力を注ぐのは、ある意味当然かと言えるやろう。

LGBTの問題に関わっているような人ちゃ、本当にLGBTの問題を解決に導こうとしとるとか、しっかり監視していかんなんところやろう。自分達のビジネスのためにLGBTを利用しとるがであれば、それは徹底的に批判されるべきやし、もっと信頼できる他の人のとこに誘導するとか必要になってくると思うちゃ。

「男性器がついたトランス女性が女性のパーソナルスペースを使う」とか「肉体的男性が女子スポーツに参加していく」というのちゃ、オラからしたらほぼ「反社」のやっていることと変わらないと思うちゃね。

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