とれぱんふっとぼーる

とれぱん先生がお送りする、ワールドフットボールブログやちゃ

アルメニアのサッカーに触れるちゃ

2020/10/02

アゼルバイジャンとアルメニアがナゴルノ・カラバフを巡って軍事衝突しとるちゃね…。相当長い間、険悪な両国で何度も凄惨な戦争をしとるがいちゃ。いろんな国が絡み合っている状況下では、本当にややこしいがし、外野から突っ込むのも複雑な心境になるがいど、オラ個人としちゃ、停戦してほしいと願うちゃ。

…ということで、両国のサッカーについて触れるちゃね。

まずはアルメニアやちゃ。

ヘンリク・ムヒタリアン

まずはアルメニアが誇るスーパースターのムヒタリアンやちゃね。

父親もサッカー選手のサラブレッドでよぉ、17歳のときにピュニク・エレヴァンでデビューしたがやね。その後にメタルルグ・ドネツクを経て、2010年にウクライナの名門シャフタール・ドネツクに加入したがいちゃ。ブラジル人が多いクラブの中で、トップ下やセントラルハーフで存在感を発揮したムヒタリアンは、2013年にドルトムントへ移籍。その後はプレミアに渡って、マンチェスター・ユナイテッド、アーセナルでプレーした後に、2019年からはローマでプレーしとんがやね。

アルメニア代表ではキャプテンで、国の最多得点記録を持っている国民的英雄やけど、オラが説明するほどの選手やないから、この辺にしておくかのう?

アルメニア代表

1991年にソビエト連邦から独立したアルメニアはよぉ、すぐに代表チームを作っがたやね。そっから毎回W杯予選、EUROと予選を戦ってきとるがいど、今のところは、EURO2012の予選のグループリーグ3位が最高で、まだ国際大会の出場はないがいちゃ。

現代表メンバーに関しては、ムヒタリアン以外は、ロシアの中堅以下のクラブやったり、カザフスタン・プレミアリーグ、国内リーグが中心のメンバーやちゃね。ムヒタリアン以外やと、ホッフェンハイムのアダムヤンくらいかのう?ちょっこし名前知られとるのちゃ。各年代別ではロシア代表やった選手が、A代表はアルメニア…というケースもよくあるちゃ。

そんでアルメニアも国内でプレーした南米出身の選手は帰化しとる人がおるがやね。ブラジル出身のMFマルコス・ピッゼッリとか、コロンビア出身のMFウベイマールとか、アルメニアに帰化してプレーしとる人もるちゃ。

アララト・アルメニア

クラブチームで言ったら、1972年にソ連リーグを制している「アララト・エレヴァン」やけど、独立後はピュニク・エレヴァンが絶対王者として君臨しとったがいど、2010年代になってからは優勝チームがころころ変わってきとるみたいやちゃ。

そこで出てきたのが、2017年に創設された「アララト・アルメニア」が現在2連覇中ながいちゃね。

エンブレムかっこいいじゃ。

元々はアヴァンアカデミーというのが母体で、2017年にモスクワで「アララト・モスクワ」というチームが設立されたがいど、財政上の問題やらクラブ内部での内紛が原因でモスクワでの活動をやめて、2018年からアルメニアに拠点を移して、2018-2019シーズンからアルメニアプレミアリーグに参戦して、昨シーズンまで2連覇中ながいちゃ。

このエンブレムちゃ、アルメニアのシンボルである「アララト山」やちゃね。大きいのは5,137mの大アララト山で、小さいのは3,896mの小アララト山やちゃね。アルメニア人の故郷とされて、ノアの方舟が大洪水で流れ着いた場所とされとんがやちゃ。

古くはアルメニア人、トルコ人、クルド人らが入り混じりながら生活しとったとこに第一次世界大戦の頃に、オスマン・トルコ帝国が虐殺を行ったことで、アルメニア人はこの地からいなくなってしまったがいちゃ。それ以来、アララト山はトルコ領やけど、民族のシンボルであるだけにアルメニアはその国境線を認めてないみたいやちゃ。

アララト山に関する歴史、アルメニア人虐殺、イスラム教のトルコに対して、世界初のキリスト教を国教としたアルメニアの対立などの影響で、アルメニアとトルコちゃ、今は国交がない状況ながいちゃね。

深堀りしていくとおもしそうやけど、この辺りにしとくちゃね。

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