とれぱんふっとぼーる

とれぱん先生がお送りする、ワールドフットボールブログやちゃ

緊縛アートに関するツイートしとったら、変な人に絡まれた件についてやちゃ

7日に原宿でよぉ、緊縛師の一鬼のこさんによるインスタテーションをやっとったがいちゃね。

おもっしいことやっとんがやね

称賛やら逆に非難やら、いろんな意見が飛んでいるみたいがやけど、オラが素直に思ったことは「キレイ」やと思ったがやね。コンクリートの建物に縄を縛っとるだけでも凄いがやけど、7日の夕方ぐらいに1時間ほど、5人の女性を縛り付けるインスタテーションをやっとったがやね。

緊縛の世界はオラもよく知らん世界ながいど、やはり行くところまで行ったらよぉ、ここまでスケールの大きなことをやってしまうもんながやね。いろいろ調べとったら、この一鬼のこさんは、日本における屈指の緊縛アーティストとして知られとってよぉ、いろんなタレントさんとコラボしとったりすんがやね。世界でもあらゆる作品を展示したり、ワークショップとかしとるらしいがやね。

いやあ、よく知らん世界やけど「縄で縛る」というのでも、とことん突き止める人ちゃ、本当に凄いもんやと改めて感じさせるもんやちゃね。

ああいうのを見て思ったのは、オラの地元である入善町にある「下山芸術の森 発電所美術館」に来てもらってよぉ、とことん縛りまくってほしいかと思ったのう。まあ、発電所美術館の展示に関しちゃ、小中学生の見学があるがやから実現性はないやろうけど、発電所美術館は数々のアーティストがテンション上がり目でインスタテーション制作しとるがで、一鬼のこさんやったらどうなるがやろう…と想像を膨らませてしまうもんやちゃ。

男が若い女性を縛って面白いでしょ?…とは?

そんでとある弁護士のツイートを目に見たがいちゃね。

人はどんな感想を持つのも勝手やし、それはそれで一つの見方…ということやろう。

ただ、オラが思うには、こういう3m以上の高いところによぉ、女性を縛るとゆっても、まずそこに参加しているモデルさんが自主的に取り組んでいないと、こういうのは実現しないもんやと、少し考えれば分かるかなーと思うちゃね。そういうことで、佐藤倫子弁護士が言うツイートに関しては、モデルになっている女性の主体性を無視しているなあと感じられるツイートやったがやね。

まあ、個人として緊縛というのが理解できないならできないでいいがやけど、こういう大した考察もしないで、つい吐き出してしまう時点でよぉ、「薄っぺらいのは誰?」と思ってしまうちゃね。

それに「男が群がっている」とは言っとられるがいど、実際にそこにいたわけではなく、ただTwitterに流れてきたものに反応しているだけの佐藤倫子弁護士には、本当に男ばっかしやったかまでは、ちゃんと把握しているとは思えないもんやちゃ。

実際に見に行ったら、実は女性が多い…みたいことも考えられるもんやし、こういうツイートは「緊縛が好きな女性」「縛られたい女性」を透明化させていると思わされるちゃ。要は「名誉男性」扱いしているとも言えるやろう。

変な人に突っ込まれたじゃ

ということで「名誉男性」扱いしてない…ということを佐藤倫子弁護士に引用ツイートしたらよぉ、こういうツイートがやってきたがやね。

ツッコミどころが満載やから、いろいろ突っ込んでおくちゃ。

まずオラは「表現の自由戦士」なんて名乗ったことはないちゃねえ。「表現の自由戦士」という言葉はTwitterで見られることはあるがいど、オラとしては別に「表現の自由」のために戦っているとは自負もしとらんがで、その時点で「この人何言っとらー?」と思うちゃね。

「とれぱん先生」と呼んでいただきたいところやちゃね。別に「とれぱん」でもいかれど。

そんでよぉ、オラとしては、安全性に関しては、何も言及はしてないもんながで、勝手に「安全性を無視している」ように捉えれるのはよぉ、こりゃ「書いてない日本語を勝手に読んでないけ?」と思えてしまうちゃ。

あと、作品自体が「危険」であることと「アート」であることは、全く別の軸であることやから、これをごっちゃにしているのは、さすがに意味不明ながやね。「危険」の対義語は「安全」であり、「アートでない」ということやないがやけど、この道産子ナオさんという方は、そのあたりを理解していないように感じられますちゃ。

安全性?主催者に直接聞いたらどうけ?

まあ、この道産子ナオさんという方は、他のツイートに対しても、まるでコピペをいっぱい貼り付けているように、30ツイートぐらいは、他の人に対しても引用ツイートを繰り返していたがやね。

典型的な「ピンポンダッシュ」の人ながでしょう。

ということで、この方のツイートにこっちもたくさん引用ツイートつけて、オラの意見をいろいろ書いてみたがやけど、そうしたらこういう反応がやってきたがやね。

そりゃ、たまたまTwitterに流れてきたものに反応しとるだけで、現場にいたわけでもない人が、いかにも分かったようにツイートされとるのちゃ、オラからしたら「よくわからずにツイートしている」としか思えんかったがやね。そういうツイートであっても、真っ当であるかどうかを思うのは人の自由ではあるがいど、道産子ナオさんにとっては、よりリアリティのある意見よりも、自分に近い意見の方が真っ当だと思っている人なんやと感じさせられるちゃ。

まあ、誰にでもしつこく「安全性がー」と言いまくっているアカウントながやけど、結局はよぉ、佐藤弁護士や道産子ナオさん同様に、オラにしても「ただTwitterに流れてきた画像に反応していて、詳細は知らない人」という認識はあるがで、まず遠巻きから「安全性がー」と言うのちゃ、それはそれで浅い考え方やと思ったがやね。

そう考えたらよぉ、やっぱし当事者に意見を求めるのもいいわけやし、Twitterで騒いどるくらいながなら、直接主催者に意見書や抗議文を書いとけばいいんやないかと思うがやね。結局は「安全性が〜」とTwitterで言いまくっとるだけであって、外目から見たら、ただギャーギャー騒いどるだけにしか見えんわけやちゃ。

要は何十件も似たようなツイート繰り返すぐらいなら、行動に移せばいいわけやちゃ。

会話が成立せんちゃ

ということで「安全性は現場に聞いたらどう?」とか「佐藤弁護士が真っ当な批判をしているという根拠は?」と聞いてみたわけやけど、結局こういうツイートが返ってきたがやね。

うん。これは言葉のキャッチボールが成立してないちゃ。

オラの聞いたこと全部スルーして、「マウント取ったつもり?」とか話と全く関係ないことを聞いているがいちゃね。そもそも「マウント取る・取らない」などといった次元でこっちは考えてもないで、こっちが聞いたことを誠実に答えていただきたいところながやね。まあ「答えられない」でもいいがやけど。

しっかし、この方は最初に言った言葉は「表現の自由戦士オタには理解できない」やったがいど、これは道産子ナオさんはオラに対して「マウントを取りに来た言動」にならんまいかと思うがですが、そういう認識はこの方には無いがでしょうか?

それにオラとしては、オラと道産子ナオさんという「1対1」のつもりやったがいど、なぜか「他の人に〜」とツイートされとるがやね。いやあ、別にこっちは個人でやっとるつもりやし、そもそも道産子ナオさんから絡んでこられたことを忘れてしまっとるがいちゃね…。

鑑賞者の思慮の深さを試されるちゃね

…というようによぉ、いろいろ絡まれてて思ったことやけど、この一鬼のこさんの緊縛アートについてちゃ、オラとしては、ある一種、鑑賞者が試されているとも考えられるもんやちゃね。

オラとしては、こういうアートを見ると「どうやって成立させているやろう?」という感じに、頭の中でぐるぐると考えてしまうがやけど、そうしているうちによぉ、この緊縛の世界というのは、本当に沼のように奥の深い世界ではないのかと感じてしまうちゃね。

確かに素人目で見たらよぉ、3m以上のとこに人を縄で縛ってしまうのちゃ、危険に見えるのは間違いないやろうし、そこで声を上げる人はそれはそれで間違えているわけでもないちゃ。ただよぉ、こういうアートを成立させている背景というのちゃ、どういうものがあるやろうか…と考えとると、あらゆることが考えられるのがおもっしいところやちゃね。

安全性に関しては、モデルの女性が痛くならないことを想定しているのはもちろんやろう。それに「万が一縄が切れたら?」という意見は出てくるがいど、これほど複雑に縄を結んでいることを考慮したら、単純に「縄が切れる・切れない」という感じで考えるのもどうかと思うちゃ。切れてもいい縄もあれば、そうでない縄もあって、段階的に考えられるわけでのう。

そう考えたら、安全性の考察に関しても、やはり縄の構造とか性質とかも、一つ考察するポイントとして考えられるわけやちゃね。ましてや素人ではなく、20年以上も活躍してきているプロであることを考えたら、素人が断定的に行ってしまう方が無理があると考えられんまいかと思うちゃ。

…というわけで、素人目で見たらよぉ、理解できない世界かもしれんねど、その知らない世界に関してもよぉ。どれほど思慮を深く向かい合うことができるかどうかちゃ、鑑賞者は試されているかと思うちゃ。本当にいろいろ考えさせられることがあるし、オラとしては刺激的やったと思うちゃ。

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