とれぱんふっとぼーる

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キラーイさん、26年間本当にお疲れ様ですちゃ

2019/05/26

キラーイ・ガーボルさんが、とうとう引退されたじゃ。


1993年にデビューしてからやから、現役生活は26年やちゃね…。

オラがキラーイさんを知ってからも、だいぶ長いことなっとるがいど、彼が43歳まで現役続けてくださるとは、思ってもいなかったがで、正直「お疲れ様」やし、同時に「今まで応援させていただいてありがとう」という気持ちでいっぱいやちゃね。

ヘルタ・ベルリンのときが全盛期やったかのう。あの頃は、あのオリヴァー・カーンと張ってられるくらいのブンデスリーガ屈指のGKやったし、その当時にアーセナルとかレアル・マドリーとか興味持っていた話はあるがやし、その当時のハンガリーちゃ、リステシュ以外はなかなかトップレベルでプレーできる選手がおらんかったのもあって、あの頃からハンガリーの顔…て感じやったがやね。

クリスタルパレスに移籍したときは、当時のパレスは今ほどプレミアに定着できるほどのチームやったがいど、残留争いでギリギリ戦っとる感じやったのう。移籍したばっかしのときはよぉ、短パンはいてプレーしとったこともあったがいど、キャッチミスで失点したとか、パフォーマンスが良くなかったがで、短期間で戻しとるがいちゃね。なんかしっくりこなかったみたいやちゃ。

パレスが降格して、1年でのプレミア復帰を狙った2年目やけど、ミスもあったことから、ポジションをスペローニに譲っとったこともあったがやね。ちょうどポジションを失っとるときに、代表も当時のセカンドGKのバボシュが調子良かったり、ヒューレプ(2005年死去)が台頭してきたこともあって、代表からも呼ばれんがになっとったがいちゃ。その時やったか、怪我人続出しとるウェストハムに2週間、アストン・ヴィラに1ヶ月のローン移籍したこともあったじゃ。まさに「とれぱんレンタル」やちゃね。

その後にバーンリーへ移籍して、そこでもあんましうまくいかんくて、レヴァークーゼンへ半年ローン移籍した後に、2009年に1860ミュンヘンへ移籍したがいちゃ。

ゼヒツィヒではレギュラーやったし、5年くらいプレーしとったがいど、何年も昇格争いには絡んできとったがいど、結局はその願いは叶うことはなかったじゃ。そんでもよぉ、欧州へ移籍したばっかしの頃の大迫勇也が移籍したことでよぉ、チームメートになったキラーイさんの知名度が上がったのは素直に嬉しかったもんやちゃね。キラーイさんも代表から離れとったがいど、結局はゼヒツィヒでのプレーが良かったもんやから、代表にも戻れたがやね。

その後、2014年にまたイングランド渡って、フラムでプレーしたがいど、4試合だけで終わってしまって、翌年の2015年からは地元のソンバトヘイ・ハラダーシュに戻ったがいちゃ。20歳でヘルタ・ベルリンへ渡って、38歳で戻るがやから、18年ぶりになるちゃね。元々エレベータークラブで、中位~下位が定位置のクラブやけど、キラーイさんはレギュラーでよぉ、代表でもレギュラーやったじゃ。

代表はなかなか上手いこといかんかったがいど、EURO2016をしぶとく戦って、プレーオフでノルウェーに勝って、久々にハンガリーが国際舞台に戻ってこれたがいちゃ。

このときは今も思い出すちゃね…。なんたって、キラーイさんもうまくいかない時期が多くて、代表も選手が出てきとる割には結果も出ないとか、いろいろ苦しかったがやけど、EUROの出場枠拡大の恩恵があってもよぉ、国際舞台に出られたって、本当に願いがかなった気分やったじゃ。

大会最年長記録を更新したキラーイさんやけど、EUROも4試合全部出場して、下馬評を覆してベスト16進出しとるし、ベルギー戦は0-4で負けたがいど、デ・ブライネのフリーキックを止めたセーブが年間最優秀セーブに選ばれたりと、引退が近づく中でプロ選手としての意地が見えて、本当に最高やったじゃ。大会後にソンバトヘイから名誉市民に表彰されたりもしたがいちゃ。


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その後、代表引退したキラーイさんはよぉ、地元のソンバトヘイで3年間プレーした後に、引退を決断されたじゃ。今シーズンが契約最終年やったし、年齢が年齢だけにもうそろそろかと思っとったがいど、とうとう辞めっしゃることになったがいちゃ。

26年間の現役生活ちゃ、決して華やかなもんでもなかったがやし、常に苦労がつきものやったがいちゃ。そんでも若いときから、もはやお爺ちゃんとも言われそうな風貌になっても、相変わらずキビキビとした動きでよぉ、泥まみれの身体になって、一生懸命やっとるのが強く感じたお方やったじゃ。その一方でスローインや足下でのプレーも磨きを掛けて、3年前のEUROのときは若い世代のGKに負けじと、きっちりとした脚さばきも見せておったのう。

本人が何度も言っとるとおり、あくまでもトレパンは試合のためのユニフォームの一つであってよぉ、普段では短パンとかジーンズとか履いているがで、もうこの姿を公式で見ることちゃ、本当に稀になるやろうのう。


今後は2003年に設立して、今やアマチュアや女子や各年代別チームも作ってしまった、キラーイ・スポーツ・コンプレックスが中心の活動になって、選手育成とか地元ソンバトヘイでのスポーツ普及に力を注いでいかれるやろう。なんせショップやカフェも運営しとられるがで、なんとか機会作って、オラもソンバトヘイまで遊びに行きたいと思うちゃ。

キラーイさんちゃ、ビッグクラブで活躍しとるようなスターとかと違って、決して目立つようなキャリアやないがで、ヘルタ時代とか、大迫とチームメートやった時期とか、EURO2016とかくらいしか、日本のサッカーファンの目にはいるところでプレーしとったわけではないちゃ。

ただ一期一会というか、そのときだけでも応援していただいた方々、「キラーイおじさん」と親しんでいただいた方々に感謝するちゃ。ありがとうながです。

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-ガボール・キラーイ, ハンガリー代表(EURO2016)