「謝ったら死ぬ人」より、カジュアルに謝罪できる人になった方がいいちゃねー

全国フェミニスト議員連盟とか、仁藤夢乃さんとか、石川優実さんとか見てて思うがやけど、世の中「謝ったら死んでしまう」人間が多いと感じるちゃね。

謝罪できんがやね…

よろず〜ニュースによると、アクティビストの石川優実さんが設立した団体「Online Safety For Sisters」の呼びかけをしたときによぉ、昨年にネットの誹謗中傷が原因でお亡くなりになってしまった木村花さんの母親である木村響子さんに無断で名前を出してしまったことで、木村響子を不快感をあらわにされたことがあったがやね。

https://twitter.com/24b3w/status/1448448585457016832?s=20

このことには、最初は石川優実さんは「木村花さんの名前を出していない」と主張しとったがいど、実はちゃっかりHPのスクショは取られていて、嘘だとバレているがやね…。

その後は放ったらかしにしたまま話は流れていったがやけど、今度は今月からやっとった、仁藤夢乃さんと室井佑月さんの言い争いに乱入してきたがいど、論戦(?)の相手である室井佑月さんに「あなた木村花さんのお母さんの心をえぐることをして、謝罪もせずにそのままなんですってね?」と指摘されとったがやね。

そんで石川さんのツイートがこれながやね。

https://twitter.com/ishikawa_yumi/status/1459006461170700289?s=20

娘を亡くした遺族である木村響子さんに対して、不快感を与えてしまったことを認めとんがに、自分達も誹謗中傷の当事者ということを主張して、しかも「謝罪要求されていないから謝る必要がないと判断した」なんて言っとんがやね。

謝ったら死ぬ病やにか…

謝ったら死ぬ病

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若者にも見られる謝罪ができない「謝ったら死ぬ病」の心理について | メンタルの強化書 年を取るとよくあるのが素直に他人に「ごめんなさい」「すみませんでした」と言えなくなってしまう人がいます。 自分が何か過ちやミスをしてしまったときは素直に謝るのが...

「謝ったら死ぬ病」については、この上のページに良く書いてあったがいど、文字通り「ごめんなさい」「すいませんでした」を言えない人間ながやね。

どんな地位の人間でもなってしまうがいど、これになりがちなのは、上のページによると、こういう感じで書かれているちゃね。

  • 社会的な地位がある人
  • 上下関係で上の立場にある人
  • 正義感が強すぎる人
  • 間違った自己肯定感が強い人
  • 「謝罪=自信が奪われる」と思う人
  • 繊細で傷つきやすい人
  • プライドが高すぎる人
  • 人を見下すクセがある人

以上、こんな感じやちゃね。

なんというか、さっきから上に名前を書いた人達に関しては、ほとんど当てはまるような気がするのう。特に社会活動家とかやっとるようなもんなんて、人の上に立つという意識は高いやろうし、自分達のことを正義やと思っていることもあってか、謝ってしまったら、自分達の発言力が弱くなってしまうとか、そういう焦りは持っているのかもしれんのう。

謝罪することは何も難しいことないちゃ

大切な娘さんを亡くしてしまった木村響子さんにとっては、どこかよくわからない人達によって作られた団体によって、勝手に名前を出されてしまうことちゃ、どう考えても不快に思うのは当然のことやろう。

しっかし、そんな状況でも頑なに謝ろうとしない石川優実さんの姿勢を見ていると、オラ個人としては「そんなに難しいことやないがにのー」と思ってしまうがやね。

人は誰しもそうながいど、どんだけ気を遣っていろいろ工夫して言ったところでよぉ、悪気はなくても、誰かを傷つけてしまうようなことちゃ、やっぱしあるもんながやね。

おそらく、自分達の団体を設立したところで、石川優実さんは木村花さんの名前を出したことについては、悪気はなかったことやろうし、事前に話を通すのを忘れていたとか、うっかりしていたところがあったり、もしくは「本人に許可もらってないけど出してみようか…」みたいな感じかなーとオラは思うちゃ。

木村響子さんのような立派な方やと、無断で名前を出してしまったこととか不快に思ってらっしゃっても、誠実に対応してくださるがなら、難なく引き下がっていただけるやろう。

そう考えたらよぉ、「謝ったら死ぬ病」とか言われるがいど、謝罪すること自体ちゃ、そんなに難しいことでもないがやし、ましてや謝罪してしまったところで死んでしまうわけがないがやね。

人には誰しも失敗はつきものやからのう…。

正当性より「人の気持ちを理解する」こと

「多様性」が叫ばれるこの現代社会においてよぉ、人間というのもどんどん多様になってきとるもんやし、いくら「自分が正しい」と思い込んどっても、対話している相手だったり、第三者やったりを酷く傷つける場合ちゃ、やはりあるもんかと思うちゃ。

仁藤夢乃さん、北原みのりさん、石川優実さん、あとは全国フェミニスト議員連盟の方々とか、明らかに誰かを傷つける発言をしとるがやけど、傷ついた相手を労ることよりもよぉ、自分達の主張を正しいことを曲げないところは、すごく共通しとるがやね。

これは第三者の目線からしたら、かなり醜悪に見えてくるもんやし、その人自身の意見の正当性云々以前に「人の気持ちをわかろうとしない人ながやね…」という印象だけが残ってしまうもんやちゃ。

自分達が常に正しくなければならんがで、謝罪もできんがでしょう…。

カジュアルに謝罪すればいいちゃ

しっかしよぉ、ちょっとした冗談でもよぉ、誰かを傷つけたりするようなことちゃ、十分にあり得るもんやし、いくら丁寧に振る舞おうとしても、完ぺきにできるわけもないがで、人は生きているうちに「謝ることはない状況」を保ち続けるのちゃ、現実的ではないと思うちゃ。

「謝らなければいけない状況を作らないようにする」のは理想ではあるがいど、それができなかったときのリカバリーは、やはり考えないとダメやろう。

そういうのを考えたら、やはり「言い過ぎました。申し訳ありません」みたいがに、カジュアルに謝罪をしてみる方が、話はごちゃごちゃにならないもんやろう。

ちょっとしたことでもよぉ、謝罪ができるというのちゃ、その人自身の「誠実さ」が見えてくるもんやし、くだらないプライドを持っていなくて親しみやすい人と思えるやろう。

謝罪をカジュアルに上手に使える人ちゃ、世渡りはすごく上手になってくるもんやし、冷静で知的なイメージを持たせることができるし、無駄な言い争いも避けられて、本当に良いことが多いことには変わりないちゃね。

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