とれぱんふっとぼーる

とれぱん先生がお送りする、ワールドフットボールブログやちゃ

「自分が不要やと思うもんが誰かの必要なもん」を認識せんなんちゃ

今日で東日本大震災から10年になるちゃね。

あの時を思い出しながらよぉ、今回は触れておきたいことがあるちゃ。

震災で「自粛ムード」を思い出すちゃ

10年前の出来事から思い出すことちゃ、いろいろあるもんやけど、オラが触れておこうと思うのは「自粛ムード」についてやちゃね。

日本全体が何でもかんでも自粛ムードになったもんやし、コンサートもスポーツイベントも結構延期になったりしてよぉ、テレビを見とってもよぉ、ほぼ全局が震災のニュースばっかしで、CMも公共広告機構ばっかしで、えらい異様なムードやったがやね。

あのときの空気感ちゃ、甚大な震災から逃避するように娯楽を楽しもうとする事自体がよぉ、ご法度とするような雰囲気で、なんか気持ち悪い感じやったのう。

そういうのを思い出しとって、こういうツイートに反応したがいど、あの頃の震災後の雰囲気ちゃ、まさに「娯楽とか削ぎ落とした世界そのもの」やったやろう。

自分が不要でも誰かは必要かもしれんちゃ

上のツイートの人はフェミニストを名乗る人で「女性蔑視や性的な表現があるアニメは必要か?」など言っていたがいど、こういうのちゃ、何にでも当てはまることで「自分が不要だと感じるものも、誰かが必要とするかもしれない」というのを頭に入っていないがかと感じさせられたもんやちゃ。

カターレ富山を応援する立場として考えたらよぉ、7年間もJ3に居座ってしまっとる現状を見てよぉ、富山の人でも「グラウジーズは必要だけど、カターレはいらない」みたいなのを平気に発言するようのもんがおったりするのう。

こういうのはアニメとかにも通じる話やし、1年半前に騒ぎになっとった「宇崎ちゃん」の献血コラボで抗議しとった人とか、まさに「誰かが必要としているかもしれない」というのを考えられていない人やからの発言やと感じさせられたがやね。

あとは、自身のオールナイトニッポンでしょうもない発言をしてしまってよぉ、女性蔑視とか批判された岡村隆史さんに対しても、「チコちゃん降板させろ!」などで抗議しとったもんがおったがいど、これも「岡村隆史さんを心の支えにしている人がいるかもしれない」というのを考えられておらんがでしょう。

他人の楽しみに政治的な正しさを要求する異様さ

最近はあらゆる表現とかで、政治的な正しさを求めるような人達が増えてきとるがで、オラはこれはかなり異様な状況やないかと感じさせられるがやね。

その代表格になるのが、最近は何かと噛みつかれやすくなっている「鬼滅の刃」やないかと思うがやけど、なんやら「遊郭なんて子供にどう教えたらいいの?」とか「炭治郎の耳飾りが旭日旗だ!」とか「表現が男尊女卑が入っている」とか「甘露寺蜜璃のおっぱいはけしからん」とか「残酷描写が多い」とか言われたりしとんがやね。

オラからしてみたら、別に「ファンでもない人が発言するまででもないこと」と思うしよぉ、そんなに口出ししたいもんなら「見なけりゃ良い」で済む話ながいど、なんだか「人が楽しみとしているものに対して、政治的な正しさを求めるのは当然」とか思っている人が多いのちゃ、本当に残念やちゃね。

そういう人達ちゃ、おそらく「政治的に正しいこと言っとんがやから、どんなジャンルに介入しても当然許される」という感じながやろう。

ただよぉ、それはファンの立場からすりゃ、「オラの楽しんでいるもんに関係ない外野が突っ込むのちゃ、何様?」と思われるのが当然なもんながやね。

「人が自分の理解できんことで楽しんでいる」ということを許させない感じながでしょう。

そういう「他人が楽しんでいるものも政治的な正しさを主張する」もんこそ、ある意味、震災後のような「自粛ムード」を作り上げているんやないかと感じさせられるちゃ。

「誰も傷つけない」は無理なことやちゃ

「生きているだけで誰かを傷つける」というのは、ゆづか姫は良いこと言いますちゃね。これは真理やろう。

そういうのとは逆によぉ、あらゆる表現物も「政治的な正しさ」を理由に、誰も傷つけないものにしようとするもんがおったりするもんやけど、それは傲慢な考えやろう。自分が正義の立場にいると思いこんでいる独善的な人間そのものやなかろうか?

自由に生きて、自由を認めればいいがやない?

最後に締めておきたいことやけど、結局のところはよぉ、「他人の自由を認めて、自分も自由を謳歌する」というもんやなかろうかのう?

それはよぉ、10年前のような、重くて苦しい「自粛ムード」の中でもよぉ、被災者を配慮するとかそういうのを考えんと、「自分が楽しいと思っていることをやる」というのは、徹底した方がいいやろう。

あの頃よりは、今はNetflixやアマゾンプライムなどのサブスクリプションサービスは充実しとるもんやし、YouTuberもあらゆる娯楽を提供しているもんやから、選択肢はかなり多くなってきとるのは良いことやちゃね。

ということでよぉ、「他人の自由を認めて、自分も自由を謳歌する」のと「自分が不要でも他人にとっては必要なもの」というのが、もっと広まってくれるような世の中になることを願って、今日は締めたいと思うちゃ。

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