とれぱんふっとぼーる

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教育はエロから逃げてないけ??

2020/12/26

昨日の「女子高生の奨励賞」で書かんかったことを書くちゃね。

エロは人を育てるちゃ

長くなるがで書かなかったことやけど、今回の出来事を通じて思ったのちゃ、「エロは人を育てる」という面が結構大きいもんかと感じさせられたじゃ。

なんたってよぉ、これをアナログで描くのちゃ、本当に凄いことやとオラは思うがやね。液体の描写やったり、服や肌の質感まで結構細かく表現されとるし、これを女子高生が描かれとるのちゃ、並大抵の努力やないと感じさせられるがいちゃ。

美術をやった人間やないがで、オラはこういった技術論みたいなのは、全然よく分かってもないもんやけど、普段こういうのちゃ、やっぱしデジタルで作ってしまうもんやから、それをアクリルか油絵か知らんがやけど、そんでもアナログでやるちゃ、凄い才能やと思ったのう。パッと見たら釘付けになってしまうんやなかろうか?

そういうような過程を考えとったらよぉ、オラの立場からしたら、ここまでの技術を持っていたいという憧れはあったとしても、そこまでの努力はできんがやろうと感じさせられるちゃね。結構大変やと思うちゃ。

ほんじゃけど、あそこまでの技術を身につけて、素晴らしい作品を完成させるのちゃ、まさに「自分の描きたいもの」「自分のやりたいこと」をとことん詰めていったからこそ…やないやろうか?

アーティストさんは「自分がエロい」ということを言っとられたがいど、その「エロい」人間性があってこそ、技術が磨かれたがやと考えるちゃね。

要は「エロは人を育てる」ということやちゃ。

美術も古典も音楽もエロばかりやちゃ

そんな感じでいろいろ考えとったらよぉ、結構気付かされることが多くて、それは昨日の記事を書いとって「これ書いたら長くなるじゃ」と思っとったがやね。

ふたなり彫刻あるちゃ

昨日の記事のリプでもらったがやけど、美術の歴史的観点から見たら「エロの免罪符」であることは確かながいちゃね。半裸、全裸の女神だけやなくて、おっぱいも男性器もついているという、いわゆる「ふたなり」の彫刻もあったがいちゃね。

ただ、そういうのちゃ、学校の美術とか歴史の授業とかで出てくるもんやなくて、紹介するとしても「エロ」を省かれたもんが、ほとんどながやろう。

古典もエロいちゃ

これは古典とかにも言えるちゃね、古典も何やら「現代語訳」の作業がメインになっとる面が強くて、学校の授業は教養を身につけるよりも「作業感」が非常に強くなっとるのが現実やろう。まあ「受験勉強」に傾倒したら、古典を楽しむというよりも、「解読作業」が中心になりがちやと思うちゃ。

源氏物語など…古典から学ぶ、エロのあはれ。 | P+D MAGAZINE https://pdmagazine.jp/works/erokobun/

ほんじゃけど、実際は古典こそ「エロの宝庫」ながいちゃね。

「古典なんて学んで何が役に立つがよ!」とか言われがちながいど、実際のところは「エロ」に関しては、結構通じるところもあったりするもんやちゃね。

そう考えたら、古典が持っている「エロ」の要素ちゃ、ある意味、古典の勉強を面白くする要素やし、人によっては「モチベーション」にもなるんやと思うちゃ。

今の音楽の祖先もエロやちゃ

あと音楽もそうやちゃね。

こちらは50年代のブルースながいど、マディ・ウォーターズの「Hoochie Coochie Man」ながいちゃ。

日本語にすると「Hoochie」が男性器で、「Coochie」が女性器やちゃね。

もうタイトルからアレながいど、歌詞も「おれが生まれる前、ジプシーの女がおふくろにこう言った。生まれてくる赤ん坊はきっと、女という女を悶絶させる男になるよ、と。そうさ、このおれがそのフーチー・クーチー・マンだ」なんて歌っている曲ながいぜ。

ブルースといっちゃ、こんなんばっかしやったりすんがいぜ。

そういうブルースはよぉ、イギリスに結構輸入されてよぉ、それを聴いていたキッズがよぉ、60年代以降のロックシーンを作っていくがいぜ。

ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ザ・フー、ザ・キンクス、エリック・クラプトン、レッド・ツェッペリンとかのう…。

こないだから「未成年のエロはダメ」「未成年はエロで金稼ぐな」なんて言う人は、Twitterで結構おったわけやけど、まあUKのアーティストなんて、ブルースのカバーから始まっとる人は多くて、未成年のうちからライブで歌っていたわけやから、偉大なるアーティストにも刺さってしまうちゃね…。

教育はエロから逃げてないけ?

そんなように考えていったらよぉ、いかにあらゆるアーティストにしても、エロを創作する上でのエネルギーにしていってよぉ、技術とか感性とか磨いてきとるのかを感じさせられるちゃね。

要は「エロ」というのちゃ、あらゆるものに繋がってくるがいぜ。それが創作するだけやなくて、生きる上でのエネルギーにもなっているとも言えるやろう。

そのように考えていったらよぉ、学校で学んでいる授業とかにしても、エロいところを省いとったりするやろうし、そういったものちゃ、ある意味「勉強することはつまらないもの」というようにしてしまっとるようにも感じられるちゃね。エロに限らず「モチベーションを落とす」ようなものにしてしまってないやろうか?

PTAのおばちゃんみたいのは「エロいのは教育に良くない」とばかりに言ったりするがいど、その人達は「エロはモチベーションになる」というところから、目を背けていると言えるちゃね。

今回の上野美術館の件にしても「エロは人を育てる」というところを証明しとるやろう。そう考えたら、とにかく隠そうとする人達は「悪影響を与える」ことに敏感すぎるがいちゃ。

過剰に「エロを封じる」というところよりもよぉ、やはりまず優先しないといけないことちゃ、「性犯罪者だけを叩け」というところやろう。

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