とれぱんふっとぼーる

とれぱん先生がお送りする、ワールドフットボールブログやちゃ

美術展に萌え絵は全く問題ないちゃ!若者こそ思いっきりやればいいちゃ!

上野美術展で女子高生の作品が奨励賞もらったことが話題になっとっちゃ。

萌え絵が美術展の奨励賞もらったじゃ

オラのところに頻繁にツイート流れてきとったがで、チェックしたがやけど、これは凄いことやちゃね。

メイド服を着た若い子がよぉ、なんやら酒やらいろいろ撒き散らしとって、淫らな格好をしとんがやね。これはアナログで描いたらしいちゃね。写真で見ただけでも、液体の描写とか凄いがやし、絵の中には何かしらのストーリーがあるのを感じ取ろうとできるもんやし、深みのある作品かと思うちゃ。これはライブで見たら、凄みはもっと感じるやろう。

作者さんのツイキャスを一瞬聴いたがいど、彼女は「エロいのは親も教師も知っている。思い切って描いた」ということ言っておられたがやね。

どういう作品やろうが、描けないオラにとっては、こういう作品を描ける人ちゃ、やっぱしリスペクトする存在やし、アーティストは崇高な存在かと思うちゃ。それがまだ女子高生であってものう…。

反響が凄いちゃね…

しっかし、この作品がTLに出てきたときは、えらい話題になっとったのう。結構有名なアカウントが反応しとったり、中にはえらい激怒するようなもんもおって、いろんな反応があったがいちゃ。

そんだけ反響があったのちゃ、この作品としては、まさに「大成功」と言っていいやろう。何か作ったところで、何も反応がなかったら、それはアートとしては負けながいど、何か作ってそれを見た人があらゆる行動を取ったとしたら、それはアートとして成功しとると言えるちゃね。

あの作品を見て「破廉恥だ!」とガミガミ怒るもんもおるやろうし、感動する人もおるやろうし、中にはあの作品を見て自慰行為をするもんもおるかもしれんちゃ。

多くの作品はああいう反応を起こすわけやないのを考えたらよぉ、Twitterでいろいろな反応を起こしてしまうことが、本当に大きな事をしたとオラは思うちゃ。

それに今は女子高生であろうがよぉ、常人でないほどの腕を持っているアーティストということには違いないちゃ。

そんな描ける女子高生に対してよぉ、登録さえしとけば誰でもできるような「ツイート」で噛み付くような人間ちゃ、やはり「叫ぶことしかできん負け犬」ということには変わらんやろう。

アートに対しては、アートで勝負すればいいがよ。「アートに対してツイートで噛み付く」ことというのちゃ、どれだけ恥ずかしい行為ながか、噛み付いている本人たちは気づくことはないやろう。

まさしくこの女子高生の大勝利ながいちゃ。

「審査員より見る目がある」という傲慢さ

明らかに「エロ」「萌え絵」を排除したがる声が多くてよぉ、審査した人達に対して「そんなもん省け」とか、指導した先生に「やめさせろ」とか、そんな声がえらい挙がっていたがやね。

いやあ、これは「傲慢」としか言いようがないちゃね。

外野から見ている人達が「芸術性」とか「この絵に込められた意味が分からん」とかいろいろよぉ、美術論を展開しとったりすんがやけど、これちゃ、言えば言うほど「審査員より自分の方が見る目がある」と言っとるも同然やちゃね。

実際問題、アートとかの見る目ちゃ、そこで評価した人よりも、そうじゃない人の方があるのかもしれんちゃ。ただよぉ、その場で審査した人達は、他の作品も見ながら「刺さるもの」を選んどるようなもんやし、それにSNSから遠巻きで見ている側と実物を間近で見ている側やと、視点も大きく違うのは頭に入れておかんなんやろう。

むしろ「審査員と自分の評価基準は違う」というのは、当然のことやと考えるべきやちゃね。

オラにとっては、別に自分と他人の評価基準が異なるくらいは、そんなに気にするもんでもないかと思っとるがいど、それが許せない人が一定数おるのやと、改めて感じさせられたのう。

「好き」か「嫌い」だけにしとけば良いがにのう…。

エロいのはアートでないがけ?

女子高生がよぉ、エロ満載の作品を美術展に出したのに対してよぉ、Twitterでフェミニストを名乗る人達ちゃ、なんやら「性的消費」やらで怒っていたりしとるしよぉ、同時に「除外すべき」という感じの人が見られるがやね。

そう考えたらよぉ、その人達の考え方というのちゃ、まさにこんな感じやと思わされるのう。

おそらくよぉ、これまでいろんな作品を見てきたわけやなくて、いかにも「教科書どおり」の有名作品ぐらいしか見ていないもんちゃ、上のような感じで見てしまうのかな…と思わされるちゃ。

これは「エロい」を「萌え絵」に入れ替えても通じるやろう。

ただよぉ、世界のいろんなアートやったり、ネットでいろいろ探っとったら、結構な数でエロティックなもんは結構出てきたりすんがいちゃね。この作品なんて特にそうやろう。

オラも近所の「下山芸術の森発電所美術館」を中心に、いろんな作品を定期的に見てきとるがいど、あそこでの美術体験であってもよぉ、いつも「オラの見識は狭いちゃ」と感じさせられることの方が多いちゃね。そんなオラとしては、やっぱし当然のように「エロいものはたくさんある」という前提で考えとんがよ。

ほんじゃから「エロいのは省け」というのちゃ、その人にとってのアートの見識が無かったりよぉ、人生経験も浅いのかと感じさせられるちゃ。

「アート」と「エロい」は別の軸やちゃ

ということで正しくはこんな感じになってくるちゃね。

物事を評価する基準として考えるべきことやけど、やっぱし「アート」と「エロい」というのは、別の評価軸で考えるべきやちゃね。

そもそもの話をしたらよぉ、「アートである」か「エロいか」というのも、その人自身の主観に過ぎん話ながいちゃ。人によっては「何だよこれ」と思うような人もおれば「エロくもないでしょ」という人もおるやろう。それに審査員の方々は「エロい」とすらも思ってなくて、優れている作品やと評価したのかと考えられるやろう。

そういう感じに考えていったらよぉ、「エロいから省く」という考え方ちゃ、純粋に「アート」として評価する基準に対して、干渉する行為になるちゃ。

https://twitter.com/torepan_sensei/status/1341581758098075648?s=20

「エロい」「萌え絵」という属性で、アートとしての評価から外すのちゃ、人種によって居場所を隔離するのと同じくらいのことちゃね。

アーティストというのちゃ、根本的に創作する上で「自由」が守られるのが当然なものながいちゃ。それを「萌え絵だから」「エロだから」で省いていくという考え方ちゃ、作者の尊厳を傷つける行為になるとオラは考えるしよぉ、重大な人権問題が孕むと認識しとるちゃ。

「エロだから省く」という考え方は、属性で除外する差別行為ながいちゃ。

若者には背中を押してあげるのが大人の責任やちゃ

まだまだいろいろ書きたいものはあるがいど、いい加減長くなったがで、この辺りで締めておこうかと思うがやけど、最後に一言書くちゃね。

若者は思い切ってやられま!

オラはあの作品については、作者さんがやったことの凄さも感動しとると同時によぉ、女子高生のアーティストさんがよぉ、「自分の思いのまま描いた」というのが、本当に伝わってくる作品やと感じたがやね。

女子高生のアーティストさんがよぉ、自分の性癖とかそのまま曝け出すような作品ながいど、それをやったのちゃ、オラは結構勇気のいる行動かと思うちゃ。それをさらけ出したことで、人の目線が変わるどころか、人生自体も大きく変化するのかもしれんねど、そんでも「踏み込んでみる」というのちゃ、その人にしかできんことながやね。

そう考えたらよぉ、誰であろうが「好きなことをとことん突き進んで欲しい」と思うしよぉ、やっぱし才能がある人にこそ「背中を押してあげる」というのは、本当に大切なことやちゃ。

未成年やろうが、自分が思ったことをとことん邁進すりゃいいがやぜ。それがエッチなもんやったり、暴力的な作品やったとしても、「やりたいことは思い切ってやれ」と強く言うちゃ。

大人になるのを待つんやなくて、「今そこで作りたい!」という衝動が、若者たちを輝きに導くもんながいちゃ。

あの作品を描いた女子高生に対しては、卑猥なメンション送るような人もおったみたいながいど、そういう輩は許されんことながやね。もしそういうのが出てきたら、アーティストさんやその周囲の方々を責めるがやなくて、大人達は「アーティストさんを守る」ことに心がけてほしいと願うちゃ。

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