とれぱんふっとぼーる

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「美術館女子」論争での批判者は"インスタ映え"に対して傲慢やちゃね

読売新聞と美術連絡協議会による「美術館女子」のプロジェクトがえらい炎上しとったがやね。

「美術館女子」が炎上

「美術館女子」サイト、公開終了 ネット批判受け「次回以降の連載、改めて検討」
https://mainichi.jp/articles/20200628/k00/00m/040/118000c

女子アイドルが全国の美術館を訪問して「アートの力を発信していく」という企画で、美術館を「インスタ映えポイント」などで紹介していっとる企画やったがやね。

ところがえらい批判されとったがいちゃ。

・若い女性が無知だという役割を押し付けている
・美術館をモノ扱いにしている
・美術界隈の男女差別がある
・インスタ映え目的に美術館へ訪れるのは浅薄い

批判されとる内容とかは、まあ分からんでもないちゃ。どこの美術館へ行っても「男が館長で他は女性」みたいなのとか疑問点やし、作品こそ主役だと見る人はインスタ映えで遊ばれるのは苦手な人もおるやろう。それにいつぞやのブラタモリで「女性がアシスタント役」「女性が聞き手になる」という構図を批判しとるもんがおっただけに、ジェンダー問題に敏感な人には気になるところやったやろう。

アーティストはどう思うがけ?

この論争に関しては、いろんな人がいろんなことを言うがで、あらゆる問題がごっちゃ混ぜになりすぎてて、整理は必要やないかと思うちゃね。特に「美術業界での男女格差」の問題は至急改善していくべきやけど、ただ「美術館女子」と切り分けて論じた方がいいと思ったのう。

ただ、この関連のあらゆるツイートやコラムを見てて思っていることやけど、実際に活躍されとるアーティストやったりキュレーターやったりと、どうも置き去りにしているように感じたがやね。

その大きな理由については「インスタ映え狙いの女子」に対してやちゃ。

入善では基本Instagram歓迎

この上の写真は3年前に入善の「下山芸術の森 発電所美術館」で行われとった、本郷仁さんの個展「視線の幾何学・光の修辞学」ながいど、入善の美術館は大正期の水力発電所の建物を再利用として、美術館として使用されとることもあって、毎回ここでは大型のインスタレーション作品が展示されることが多いがやね。

自身の作品を持ち運ぶ人もおるがいど、多くの作家さんは入善に1ヶ月以上前から滞在して、この場所に合った作品を作っていっとるがやね。

そういうこともあって、大きくて迫力があるものが展示されることが多いがやけど、はっきり言ってしまえば、ここの個展こそ「インスタ映えポイント」には間違いないがいちゃ。

キュレーターさんもオファーを出すアーティストに関しては、やっぱし発電所美術館の構造を意識して、面白いマッチングになりそうなアーティストさんを選んできとるがやし、アーティストも「こういう機会で作ることはなかなかない」と口を揃えて言っとんがやね。

作品の出来やアーティストさんの意向次第やけど、基本はInstagramは歓迎されるようなところながいちゃ。

家族連れや若者が集まったこともあったじゃ

この発電所美術館におけるハイライトでも言えるのが、昨年の夏に開催していた、地元作家の平井千香子さんによる「水狩りと金継ぎ」やけど、何回か足を運んだがいど、夏休みということもあって、結構お客さんおったがやね。

床に龍を描いた作品やけど、やっぱしえらい迫力あったがか、家族連れやったり、カップルや派手な格好をしとらっしゃる女性客など結構おったがで、思わず「ここは美術館?」と思うくらいの賑やかな雰囲気やったがいちゃ。

「浴衣を着て美術館へ行く」とかなかなかできるようなもんやないやろう。これを「インスタ映え」と言わずとして何を言うのか…というところやけど、ここの個展に訪れるお客さんがいろんなことするがで、作家さんも楽しそうやったのが、かなり印象的やったがやね。

美術ちゃ、どこか堅苦しい空気はあったりするもんやけど、入善で個展を開くような方は「インスタ映え」すらも面白がる人がいるちゃ。

アーティスト、キュレーター、鑑賞者が「インスタ映え」を容認しているがなら、いくら美術ファンを名乗っていようが、外野から見ているだけの人がわざわざ突っ込むまででもないやろう。

アーティストは鑑賞者に委ねる場合もある

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#takahirofujiwara

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オラの美術体験の多くは入善の発電所美術館によるものが大きいから、これはこれで偏った考えというのを前提に見てもらってほしいところやけど、オラ個人としては美術界隈における「マニア」な人達は、あまり良い印象を持っていなかったりすんがやね。

よく美術展などの絵画作品とかで解説文を見て思うことやけど、正直「こいつ自分に酔っているんやないけ?」と思えるような文章が多かったりすんがいちゃ。そんでファン層も似たような感じに染まっているような人が多くて、いかにも「俺は分かってるがやぜ」という顔をしとったりするちゃ。

ただよぉ、入善に来るアーティストと何人かと話させてもらったことあるがいど、案外「私の作品であなた方が思うように捉えてください」みたいなことを言わっしゃる人が多かったりするちゃ。アーティストさんたちはそれぞれ意図を持って作っているのは間違いないところやけど、作品に対する感じ方とかアクションは鑑賞者に任せるスタンスながやね。

オラはそれは良いことやと思うちゃね。ほんじゃって変に細かく「これは○○で、アレは○○で…」とか言ったら、ある意味「分かる人には分かるけど、わからない人にはわからない」みたいになってしまいそうやからのう。

普段は美術に疎い人間であっても、逆に毎週末のように美術館へ足を運ぶようなコアファンであっても、作品の前では平等やないかと思うちゃ。

インスタ映え目的は浅薄い」は侮辱発言では?

上にいろいろ書いたがやけど、結構コアな美術ファンであってもよぉ、実際にアーティストの作品を見て、的を射るような解釈をしとるのかといったら、実際そうでもなかったりすることは結構多かったりするちゃ。

逆にアーティストは「ちょっと知ったようにして言う」人を嫌う場合もあるやろう。

そういうように考えていたらよぉ、普段美術館に足を運ばないで、インスタ映えを目的としとる人達について「無知」と蔑んだような発言をするのちゃ、えらい傲慢な考えやと感じてしまうがやね。こういう人って、ファンの間で階級を作ってしまうだけであって、アーティストとライト層の溝を開けてしまうもんかと思うちゃ。

逆に「着物で美術館へ行く」とか「作品の横で寝そべる」とか「ヨガをやってみる」とか、他のお客さんの邪魔にならない限りは、むしろ歓迎してもいいくらいやし、アーティストさんにとっても良い刺激になるんやなかろうか?

「インスタ映えはアートを蔑ろにしている」という意見を言う人は、オラからしたら「視野が狭いだけ」としか思えんがやね。そういう判断をするがなら、入善に来てからにしてでもいいくらいやないかと。

「インスタ映え」目的をネガティブな意味で捉える人は多いがやけど、実際のところ、変に頭でっかちになってしまった美術マニアに比べたら、純粋に作品を楽しんでいるのかもしれんちゃ。正直ああいうマニアは頭の中をアップデートした方がいいやろう。

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