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岡村隆史のラジオ発言は、大正期に伊藤野枝が展開した「廃娼論争」に通じるちゃ

2020/04/30

タレントの岡村隆史がオールナイトニッポンで「短期間ですけど美人さんがお嬢(性風俗サービス員)やります」で、批判されとったのう。

「おもしろい」は良くないのう

過去のオールナイトニッポンを聴いたことある身としちゃ、岡村隆史の番組は割とあんな感じやし、オラとしたら「相変わらずなんかやってる」みたいな印象やったし、そもそもリスナーやないオラは首を突っ込もうと思わんがいど、ちょうどこのタイミングで「とある本」を読んでいたがで、少し興味深く見てたがやね。

岡村隆史の言わっしゃることは、まあ事実やろうけど、このコロナで大変なことになっとる時期に、それをラジオで「おもしろい」と言ってしまうのは、さすがに厳しいかと思うのう。本人が「楽しみ」なのは別に個人の自由でも、女性の貧困が自分の得になるように笑いネタにするのは、さすがに引くちゃ。

伊藤野枝のノンフィクションを読んでたじゃ

ということで「とある本」についてやけど、アナーキズムを専門としている作家である栗原康さんの著書「村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝」をちょうど読んでいたがで、オラの中ではタイムリーなニュースやったがいちゃ。

この本は大正時代のアナキスト(無政府主義者)であって、日本におけるフェミニズム運動の源流の一人である、伊藤野枝についての伝記ながよ。

アナキストでフェミニズムの伊藤野枝

福岡の貧しい家庭に育ったがやけど、文才が優れとって、向学心の強さから上京して女学校へ入学してよぉ、卒業後は当時の風習で実家へ戻って結婚が決まっていたのを破棄して、その当時の英語教師の辻潤と恋仲になって結婚。その後に平塚らいてうが発起人となった日本初の女性による月刊誌「青鞜」に入社して、文筆家・編集者として活躍されたがいちゃ。

その後に辻潤と別れて、無政府主義者の大杉栄と不倫関係になって、妻の堀保子、新聞記者で大杉と愛人関係だった神近市子との3股の「多角恋愛」を演じたがよ。そんで大杉栄は神近市子に刺されて、市子は逮捕されて、妻の保子は大杉栄と離別したことによって、ある意味「争奪戦の勝者」のような形で大杉栄と家庭を築いて、5人の子供を産まっしゃったがよ。

文筆家として「青鞜」の編集長を務めて、エマ・ゴールドマンの「婦人解放の悲劇」の翻訳、結婚制度を否定する「自由母権の方へ」など、夫の大杉栄とは「クロポトキン研究」「貧乏の名誉」などの共著もあるちゃ。

関東大震災後によぉ、国家の犬の憲兵に28歳で殺されてしまうがいど、女性参政権もなけりゃ、女性が不倫したら犯罪になったり、そもそも「女は家にいるものだ」という風習が根深い時代で、執筆活動も恋愛も自由にやりたい放題やっとった生き方は、今の女性と比べても「ワイルド」そのものながよ。

廃娼運動に喧嘩を売った

伊藤野枝のハイライトといえる出来事といっちゃ、20歳くらいで「青鞜」の編集長になった頃に「無主義、無方針、無規則」を打ち出して、最初は文芸雑誌、女性評論誌やった「青鞜」を、バチバチと言論をぶつけ合う「論争雑誌」に変えてしまったがよ。

それで有名なのはよぉ、大正期に廃娼を呼びかけとったキリスト教系の婦人団体の「婦人矯風会」に対して、紙面で「偽善」「傲慢」と厳しく批判していたがいちゃ。

「村に火をつけ、白痴になれ」から引用するちゃね。

「賤業婦」と彼女らは呼んでいる。私はそれだけで既に彼女らの傲慢さを、または浅薄さを十分に証拠だてる事ができる。

本当に苦しんでいる娼婦を助けたいがなら分かるがいど、矯風会は「エッチなのはダメながです!汚らわしい仕事は廃止せんなんがです!」ということについてよぉ、伊藤野枝は激怒しとったがやね。

「賤業」という言葉に無限の侮辱をこめてかのバイブルウーメンが「一人ひとりの事情について可愛そうに思うが」などと他聞の良さそうなことをいいながらまだその「賤業」という迷信にとらわれて可愛そうな子女を人間から除外しようとしている。それだけでも彼女たちの身の程知らずな高慢は憎むべきである。まして彼女たちは神の使徒をもって自から任じたつ宗教婦人ではないか?博愛とは何?同情とは?友愛とは?果たしてそれらのものを与え得る自身が彼女たちにあるか?恐らく彼女たちの全知全能の神キリストは彼女らが彼の名を口にしつつかる偏狭傲慢の態度をもって人の子に尽くすことをかなしんでいるに相違はないと私は思う。

「生活苦のために売春をしている女性が多いがに、それを賤しいというのは、ただのイジメやにか!人の仕事にそんなこと言う権利はべらどまにあるがけ?傲慢やにか!金持ちどもめが!」と怒っているがいど、まあ境遇を理解せんと「けがわらしい」というのは、まさに「職業差別」そのものやろう。

この論争に関しちゃ、青鞜内で山川菊栄と激論を繰り広げられとるがいど、そこまで書くと長いがで、興味があったらググってみられ。

現代にも繋がる問題やちゃね

そう考えたら、岡村隆史さんの発言で、NHKの「チコちゃんに叱られろ」を降板しろとか、芸能界からいなくなれとまで、苛烈なことを言ってしまうような人を見とると、やっぱし伊藤野枝のことを思い出してくるがいちゃ。

貧しさから「性風俗」で働いてしまう人が出てくるのちゃ、大正期にも現代にも通じる話やちゃね。これをネタにする岡村隆史さんの発言は、確かに問題発言かと思うがいど、ほんじゃからといって「生業を奪ってしまえ」やと、憎しみをぶつけるだけであって、問題の本質である「貧しい女性」を救うことにもならんがやね。

こういうのが「傲慢」な考えやとオラは思うがいちゃ。

あと、岡村隆史の発言でピンと来たのは、この橘玲×鈴木涼美さんの対談記事やちゃね。確かに若い女性は、同年代の男性よりは「性」を売りにしやすいのは事実で、それで大金を稼ぐ人は多いちゃね。

人によっては夜の仕事を通じて、芸能界入りするもんもおりゃ、金持ちと結婚して専業主婦になる人もおると考えると、男性には使えない特権…とも言えなくもないやろう。

そう考えると、公共の電波で言ってしまうのはどうかと思う一方、岡村隆史の発言しとることは事実やし、これは伊藤野枝が生きていた大正期から通じるのは、頭に入れておかんなんことかなと思うちゃ。

怒ってばっかしの人は多いやろうが、こういうのはあらゆる本やインタビュー記事を読みながら考察すると、勉強になることが多いものやちゃ。

そして、100年前の昔と今も「性風俗」そのものやなくて、「その背景」を考慮しないといけないと、考えさせられるちゃ。

「村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝」

最後に「村に火をつけ、白痴になれ」を紹介しとくちゃ。

伊藤野枝についての本といっちゃ、瀬戸内寂聴さんを始めに、いろんな作家さんが書かれておるがいど、アナキズムを専門としている栗原康さんの切り口は面白いがよ。

いかんせん「やばい」「すごい」「イヤなものはイヤなのだ!」「ど根性でセックスだ!」「カネがなければもらえばいい」とか、独特な文体と勢い任せで伊藤野枝を描ききった本ながやね。

「書きたいことは書く」「やりたいことはやる」「セックスしたいからセックスする」「恋愛は不順じゃない、結婚が不順なのだ」と、あらゆる常識をぶち壊して、やりたいことをやる生き方は痛快やし、それを表現しとる栗原康さんの文章も素敵ながいちゃ。

「ぜったい」「ぜんぜん」「おもうぞんぶん」など、やたらと平仮名が多いがで、人によっては読みづらいかもしれんがやけど、その分、読んでいて「疾走感」を味わえる本かと思うちゃ。

是非手に取って欲しいちゃ。

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